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山口地方裁判所下関支部 昭和38年(ワ)20号 判決 1964年3月10日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二〇〇万円及び、これに対する昭和三八年二月二日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和三七年九月一日訴外昭和物産株式会社に対し弁済期を同年一〇月三〇日の約束で金二〇〇万円を貸付け、これについて前同日公証人香川幸作成第五〇〇六五号により公正証書を作成した。

二、同訴外会社は右期限を経過しても返済しないので原告は執行力ある右公正証書に基き、同訴外会社が被告に対し預託した合計金三五〇万円の返還請求権のうち金二〇〇万一、五八五円について債権差押及び転付命令の発付を受け、昭和三七年一二月七日に被告に送達された。

三、よって、原告は被告に対し、そのうち金二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三八年二月二日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。

被告の抗弁に対し次のとおり述べた。

一、原告が本件転付命令の発付を受けた当時、同訴外会社は被告取引所の会員であり且つ商品仲買人であったから、右転付の対象になった債権が未確定であり、従って転付の効力が生じないとしても、同訴外会社は昭和三八年七月一二日に商品仲買業を廃業し、被告取引所の会員としての地位を脱退し、同年八月二六日仲買人の登録を抹消しているから、これによって本件転付は有効である

二、原告が差押え、転付を受けた債権は単純な同訴外会社の財産であって、商品取引による売買委託者に優先弁済権の認められている委託保証金または委託信認金ではない。すなわち、法律は委託につき仲買人が取引所に提供する信認金及び保証金については必ず商品取引云々といい、仲買人信認金、仲買人保証金と明確に区別している。他の債権者に先だって弁済を受ける権利及び会員たる委託者の有する権利に対し優先する権利は商品取引法第三八条の明示する如く、会員即ち仲買人が定款で定めるところにより商品取引所に対し、当該会員が商品市場において売買取引する商品ごとに会員信認金を預託しなければならないとある。換言すれば、売買委託を前提とした信認金であって、身元保証金または支店設置の信認金は包含していない。また、同法第四七条の仲買保証金が他の債権者に優先して弁済を受ける権利があると規定しているその権利も当該仲買人の当該商品市場において売買取引する商品についての仲買保証金についてと明示している。換言すれば委託保証金または委託証拠金と同一性質のものである。なお、売買委託者に法の認めていない優先弁済権を認めるのは憲法一四条に違反する。

三、民事訴訟法第六二〇条によれば、転付命令が第三債務者に送達された後は配当要求できないから、その日時をはるかに経過した後の本件仮差押、取立及び転付命令は全て無効である。

四、被告は同訴外会社から預託された信認金ならびに保証金を供託したからその支払い義務を免れたと抗弁するが、被告が供託した法令条項民事訴訟法第六二一条第一項をみると、金銭の債権につき配当要求の送達を受けている第三債務者は債務額を供託する権利があると明記している。しかし原告は被告に対して配当要求していない。原告は被告に対し債権の転付義務者としてその支払を請求するものであるから、たとい供託したとしても義務を免れることはできない。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項は不知、同第二項中同訴外会社が原告に金二〇〇万円を期限に返済しないとの点は不知、被告が同訴外会社から預託された金額は会員信認金として金二〇万円、仲買保証金として金二六〇万円である。その余の事実は認める。

二、同訴外会社は、本件転付命令が被告に送達された当時被告取引所の会員であり且つ、商品仲買人として農林省に登録されており、未だ脱退または登録抹消されておらない。従って、その資格を喪失しないかぎり右信認金ならびに保証金の還付はできない。即ちこれ等はいずれも支払いの時期が到来しておらないから、仮に原告の債権差押ならびに転付命令が有効であるとしてもその請求には応じがたい。

三、本件会員信認金及び仲買保証金は商品取引所法第三八条第五項及び第四七条第三項により、商品市場における売買取引委託による債権者が他の債権者に優先して弁済を受ける権利を有する旨規定しているが、原告の債権は右条項による優先弁済権が認められない。しかるに右訴外会社は別表記載の如く、本件信認金及び保証金について公租公課による差押ならびに前記法条により優先権を有する債権者より仮差押または差押を受け、被告はその旨送達を受けている。而して、その差押えられた金額の合計は金六、〇八五万四、三九三円であるから右訴外会社の預託金をはるかに超えている。従ってこれら優先権を有する差押債権者の存する以上、原告が右預託金から支払いを受けるべきものはない。

四、もっとも右差押命令のうち別表(3)以下は原告の転付命令送達以後発せられたものであるが、元来他人の優先弁済権の目的となっている債権のように無条件に支払いを請求できない事情のある場合には券面額があるとはいえず、従って転付命令を発することは許されないと解すべきであるが、仮に許されるとしても、転付債権者は他に優先弁済を受け得る債権者が存在しない場合に限り弁済を請求しうる。即ち、停止条件付弁済請求権を取得したに過ぎないから転付命令送達の日時如何に拘らず原告が優先弁済請求権を有する後の差押債権者等に先んじて被告からその支払いを受ける権利を取得したものということはできず、原告の本件請求は失当である。

五、更に被告は同訴外会社から預った会員信認金及び仲買保証金を昭和三八年九月一〇日山口地方法務局下関支局に供託しているから同訴外会社に対する債務はその支払い義務を免れた。

六、同訴外会社が原告主張の日時頃商品仲買人を廃業してその地位を脱退し、登録を抹消したことは認める。立証<略>。

理由

一、原告は訴外昭和物産株式会社に対し金二〇〇万一、五八五円の債権を有するとしてその弁済に充てるため山口地方法務局所属公証人香川幸作成第五〇〇六五号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基き、同訴外会社が第三債務者たる被告に対して有する債権について債権差押及び転付命令の発付を受け、同命令が昭和三七年一二月七日被告に送達されたこと、同訴外会社が、本件転付命令が発付され、被告に送達された当時は、被告取引所の会員であり、且つ、商品仲買人であったが、その後昭和三八年七月一二日右訴外会社は商品仲買人を廃業し、被告取引所の会員としての地位を脱退し、同年八月二六日仲買人の登録を抹消したことは当事者間に争がない。

二、<証拠>によれば、原告の本件執行債権は、原告と同訴外会社との間に昭和三七年九月一日締結した、弁済期を同年一〇月三〇日とする金二〇〇万円の消費貸借契約に対する債務弁済契約公正証書(公証人香川幸作成第五〇〇六五号)の執行力ある正本に基くものであること、同訴外会社は被告に対し昭和三五年一二月二六日より同三六年七月一〇日までの間に商品取引所法に基き砂糖関係の取引のため仲買信認金一〇万円、仲買保証金四〇万円を、また、農産物関係の取引のため仲買信認金一〇万円、仲買保証金一四〇万円を、預託していること、原告は前記執行債権に基き、同訴外会社が被告に対して有する右会員信認金及び仲買保証金の還付請求債権に対し債権差押及び転付命令の発付を求め、同命令が被告に送達される以前に訴外岡村綴が訴外昭和物産株式会社に対する金三〇万円の預託金返還請求権保全のため同訴外会社が被告に対して有する(1)寄託者保証準備積立金、(2)仲買人積立金、(3)仲買人保証金、(4)会員信認金の還付請求債権に対し債権仮差押をなし、同命令が昭和三七年一二月五日に第三債務者たる被告に送達されていること及び、被告は同訴外会社に対し負担する債務の全額につき昭和三八年九月一〇日山口地方法務局下関支局に民事訴訟法第六二一条に基き供託したことが認められる。右事実によれば、原告の本件執行債権は他の債権者に対し優先弁済権を有するものでないことは明白であり、同訴外会社が被告に対して有する本件会員信認金及び仲買保証金還付請求権に対しては、原告の右差押及び転付命令が被告に送達される以前に訴外岡村綴によって仮差押えられているから右仮差押の効力は仮差押の対象となった債権の全部に及び、これによって第三債務者たる被告はその差押えられた債務の全額について他の債権者に対する支払いを差止められている。従って右仮差押債権者に対し優先権の認められない本件転付命令はその範囲で実質的に無効である。しかし、右転付命令の前提としての債権差押のみはその効力を有するからこれにより本件は同一債権に対し債権仮差押と債権差押が競合した関係にあり、かかる場合、右仮差押債権者は別に配当要求の申立をなさずとも配当要求をなしたのと同一の権利を有するから、第三債務者たる被告は民事訴訟法第六二一条により総債権者のためにその債務の全額を供託してその支払義務を免れ得るのである。従って、既に被告は同訴外会社に対して負担する債務の全額を供託済であること前記認定のとおりであるから原告の被告に対する本件請求はその余の点につき説明するまでもなく失当である。

よって原告の被告に対する本件請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

別表 差押債権者表

<省略>

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